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Dino Crisis is a novella by Benny Matsuyama. An adaptation of the 1999 video game, Dino Crisis, it was published within the DINO CRISIS OFFICIAL GUIDE BOOK.
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アイビス島周辺の気流は、 いまにして思えば奇怪なほどに乱れていた。
クーパーは、 もう幾度となく困難なミッションを完遂してきた歴戦の工作員である。 パラシュート降下にしくじるようなキャリアの持ち主ではなかった。 しかし、 何かの前兆か、 あるいは巨大な物理現象の揺り返しでもあるかのような乱気流は、 ヘリから飛び降りるわずかなタイムラグのあいだに急激に変化し、 彼を3人の仲間とはまったくちがう方向へと放り出したのだ。 もはや、 セールの制御による軌道修正が効かぬほどに――。
クーパーが降下したのは、 潜入チームの集合ポイントから大きくはずれた密林のただなかであった。 予定の時間にたどり思くことはできそうにない。 仲間のひとり、 隊長格のゲイルから何とどやされるか、 それを思うだけで彼は憂鬱になった。 任務遂行を第一に考えるゲイルは、 決して彼を待ってなどくれないだろう。 できるかぎり迅速に作戦に復帰しなければならない。 この島の極秘施設で研究を行なっているという、 3年前の爆発事故で死亡したはずの天才科学者・カーク博士の奪還――それが、 彼ら恃殊部隊に与えられた指令であった。
南海の隔絶地・アイビス島の夜気は亜熱帯特有の、 大地が蓄えた日中の熱気の名残と、 そしてたっぷりとした水分を含んだものだった。 そこに原生林の濃密な芳香が入り混じり、 マスク越しに呼吸する大気は息苦しいまでに重い。 道なきジャングルを進むストレスと焦りに、 クーパーの鼓動はいつになく早まっていた。
そのせいだろうか。このとき彼は、巨大なドラムの振動が足元から這いのぼってくるかのような感覚を覚えた。乱れた鼓動が引き起こした錯覚——そう考えたのは一瞬だった。地震のごとき地響きが、今度ははっきりとブーツの底から伝わってきたのだ。
彼は足を止め、背後の樹間にわだかまる闇に目を凝らした。中天に輝く満月の光も、密林の底には届かない。地響きもやんでいる。静寂と漆黒に見つめ返される恐怖に、クーパーは思わずハンドライトを灯していた。投げかけてしまった。みずからの存在を明確に示すことになる光を——。
彼は見た。群生する羊歯の向こうで、ライトを浴びて爛々と輝く巨大な眼を。その赤味を帯びた瞳孔が急に縮まっていく。光量に順応しただけではない。それも見つけたのだ。クーパーという獲物を。ジャングルの木々が放つ甘い匂いを圧して、吐き気をもよおす腐肉の臭気がクーパーの鼻腔を刺激する。それの吐息が吹きつけられているのだ。
このとき、彼に残された選択肢はいくつもなかった。非現実的なまでの恐怖はクーパーの思考を完全に凍結し、その採るべき行動をさらにせばめていく。銃器を取り出そうにも、それが腰にあることさえ思い出せない。 身がすくんで、左右に身を隠すこともできない。結局彼が選んだのは、追われる子ウサギと同じ、ただ背を向けて逃げるという行為だった。
背後から、地響きが連続してクーパーを揺さぶる。それは足音だった。樹木がつぎつぎとなぎ倒される破砕音と、絶望的なピッチで震える大地に、彼はのがれられぬ死を否が応でも悟ることになる。肺にどす黒い塊がつめこまれたかのように、息をすることさえままならない。彼にはもう、自分の名前さえわからなかった。悪い夢としか思えなかった。夢であってほしかった。彼は足を止め、振り返る。すべてが幻であることを信じて——。
クーパーが最後に見たのは、無数の短剣で造られた針山のような物体だった。あまりにシュールな眺めに、彼はなかば狂気に置されて笑う。ほら、やっぱり夢じゃないか……。
巨大な顎に胸部から大腿部までを噛み砕かれ、クーパーは即座に絶命した。マスクのバイザーが、内側からあふれた鮮血で染まる。
クーパーだったものを存分に咀嚼し、それは血にまみれた牙を月に向かって振り立てた。天に垂直に伸びた喉から、密林を震わせる咆哮がとどろき渡る。
ひとしきり歓喜をうたい、太古の暴君はゆっくりと移動を再開した。彼方に見える、夜の闇を切り裂いて煌々と輝く研究施設を目指して。
戦慄の夜の主賓が、血と肉と炎に彩られた宴に迎えられようとしていた——。